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1 2009年 02月 27日
久保講堂は昭和10年に真岡尋常小学校の講堂としてつくられた木造2階建ての講堂です。現在は移築され、真岡市民会館の横にひっそりとたたずんでいます。設計は遠藤新。近代建築の3代巨匠と呼ばれるフランクロイドライトに師事し、かつての帝国ホテル建設に携わった建築家です。
![]() 講堂の外観は左右対称の建物で、水平を強調するバルコニーと鉛直方向にのぼる塔屋が特徴的。なるほどライトを思わせます。内観も非常にシンプル。唯一といっていい装飾は講堂の奥から手前へとまっすぐ伸びる水平ラインのみで、大空間に緊張感を与えています。半円形のステージは音響効果もよく、大空間をやさしく包み込んでいるよう。大空間に付する階段室や舞台裏は住宅を思わせる小さなスケールで、ひとつひとつ丁寧に設計されていた様子がうかがえる建築です。 ![]() ![]() 久保講堂の「久保」とは? 久保家は、真岡の地において、神社の鳥居や鐘堂はじめ県庁や市役所の建設に寄付金を出すなどした豪家です。久保貞次郎は祖父久保六郎の80歳の記念として、真岡尋常小学校に講堂を建設する資金を寄付したいと申し出ました。当初は建設費に2万円という予算を立て、計画していましたが、金額に縛られ粗末なものができてしまうことを懸念し、いっそのこと予算を立てず講堂一体を現物で寄付しようという、久保家の公共心に富んだ志のもとで、この講堂が実現しました。貞次郎は東京の自邸を遠藤新の設計で建てており、真岡尋常小学校講堂も、遠藤氏にお願いしました。 久保貞次郎とは、跡見学園の学長、版画会館の館長などを務め、特に児童美術教育運動家として美術界に名を知られる人物です。東京に住みつつ、地元真岡にも頻繁に戻り、地域の美術教育にも熱心に取り組みました。この講堂では、昭和14年ごろ(戦時中ですよね)から、全児童2000人あまりの図画を、公開審査し、賞を授与するという、画期的な行事が行われました。審査員には一流の画家(北川民次、瑛九、小野里利信など)を、毎年代わる代わる東京から呼び寄せるという形をとる徹底ぶり。これらの行事を通し、次第に児童画教育へと関心を移していきました。 文化祭のころ、真岡のまちは芸術の都と化し、にぎわったことでしょう。タイムスリップしてみたいですね。 海老原綾建築設計スタジオ ▲
by ayaeas
| 2009-02-27 16:48
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